第2回 復興支援の旅2 岩手県→宮城県

二日目は、かつて訪れたことのある思い出の地を巡りつつ、被災地の象徴ともなっている場所を訪れる予定。前回の旅では下道のほとんどが地図のそれと異なっていて大変な思いをしましたが、今回は果たして・・・?

昨日の夕食後、二日目の計画を立てながら映画を見ていたため、結局眠りに落ちたのは今日になってからでした。うとうとしながら「朝起きられるかな~・・・」という不安がよぎりつつも、目が覚めたら・・・5:00AM。
なんでやねん(笑)
さて、朝食まではまだ結構時間があったので、しばらく布団の中でまどろみ、5:30AMごろに朝風呂へ。時間が早いせいか、お風呂はガラガラ!ゆっくりのんびり温まります(^ ^)

お風呂を出たら朝食会場へ。

朝食はいつも通り洋食をチョイス。ヨーグルトがおいしかったなー。
ちなみに、夕食時にステーキを焼いていたオープンキッチンは、朝はふわふわ玉子のオムレツを焼いていました。熱々、ふわふわでこれまた絶品!焼きたてをいただけるのは最高です!

朝食開始とほぼ同時に会場入りしているので、これまた席はよりどりみどり。窓際の席(4人がけ)を独占です!広々としたテーブルで、窓越しに景色を眺めながらゆっくりと時間をかけて朝食をいただけました。
そして最後にコーヒーで締めたら、お部屋に戻ってもう一度ルートの確認。思い出の地を巡る予定なので、取りこぼししないように、入念に準備をします。
震災前に訪れた本州最東端の魹ヶ埼、震災時の希望となった奇跡の一本松、昨年訪れた南三陸町・・・。

一通りの(再)準備を終えて、8:00AM頃にチェックアウトの手続きを行いました。
じゃらんのポイントを利用させてもらい、昨晩の生ビール2杯の追加分をあわせてお値段締めて10,660円!
十分に納得の宿泊となりました。満たされましたからね〜(笑)

ところでお天気予報によれば日中は暑くなるものの、所々で突発的に雷雨のおそれもありとのこと。天気がいいうちにいけるところまで行かないと!
いそいそとRVFに火を入れ(なかなか火がつかなくてちょっと焦ったのはここだけの秘密・・・)、荷物を積み込んだら早速出発!

先に挙げた目的地のほとんどがこの国道45号線沿いにあるので、同45号線を宮古方面に南下。
ですが、せっかく訪れた港町宮古です。場所柄、海の幸は豊富ですし、実際夕食にもたくさんの海鮮が並びました。
この味を是非実家にも届けてあげたいな・・・。
ってゆーか、宿泊して、見学して・・・というだけでは、復興支援としては片手落ち。ここはやっぱりその 土地ならではものも購入して、(お金を落とすという意味での)さらなる支援を行わなければ!

というわけで目星をつけたのが「魚菜市場」。ここで家用と会社用のお土産を調達します。ただ、シートバッグには治らないので、お土産はここから発送することにしよう!

たどり着いたそこはこんなカンジの場所!

地元の方と思われるお客さんも続々と中に入っていきます。ということは、地元の人も納得する鮮魚が扱われているということでしょうから、これは期待できます(^ ^)
さっそく入ってみましょう!

「魚菜市場」という名前からも想像がつくように、鮮魚だけではなく朝の取れたて野菜も販売されていました。床にビニールシートなどを広げて、おそらくご自身の畑でとれたであろう農産物や植物が売られていました。

そのほか、配送のお店(要するに宅急便ですね)や、事務用品のお店、食事処などもあって、ちょっとした観光で立ち寄るならばココだけで事が足りるようになっていました。

ところで、実家のお土産とするのはもちろん三陸産のサンマ。
前回の復興支援の旅では、南三陸町にオープンするはずだった魚河岸でサンマを調達できなかった(私が南三陸町に立ち寄ったのは、魚河岸オープンの前日だった・・・orz)ですからね〜・・・(^ ^;;
とは言っても、鮮魚の良し悪しの区別がつくような目は持ち合わせていません。そこで、店頭にディスプレイされていた数々の鮮魚セットから、サンマを含んだものをチョイスして配送してもらうことにしました。
そして選んだ商品は、サンマ5匹、ホタテ4枚などを含んだ、3,800円のパック(送料別)。購入店は「シーフーズ須藤」さん(ちなみにホームページはコチラ)。

翌日には届くとのことだったので、明日の夕方には実家で家族が喜ぶことでしょう。よしよし(笑)

その他、同施設内にあった「坂兼商店」さんにも立ち寄りました。このお店では岩手県のお土産物を扱っているのですが、岩手県といえば「かもめの玉子」。これをお土産として購入、そしてそれとは別に宮古の名物(らしい)「イカせんべい」!も購入。
イカせんべい自体は色々な場所で売られていますが、宮古市のそれの特徴ははイカの形をしていることなんだとか。
これらは生物でもありませんし、比較的小さいのでシートバッグにうまく詰め込んでお持ち帰りすることにしました。

一通りの買い物を済ませたら、国道45号線で今日の宿泊地である宮城県松島に向かいますがその前に。
ですが、その前にどうしても立ち寄りたい場所が。その場所とは、本州最東端の「トドが崎」。正確にはその麓となる姉吉という地区です。
というのも、ここは震災前に四輪での東北旅行で訪れたことがあったから。その場所がこの震災でどうなってしまったのかをこの目で確認しておこうと思ったのです。

しかし当然にこの辺りも道は地図のそれとは大きく異なっており、通り沿いに見つけたローソンの駐車場にRVFを止めて地図を確認。バタバタと慌てていたら、向かいのGSから店員さんが道路を渡ってきて「どこに行くの?」と声をかけてくれました。
姉吉地区に行きたい旨を伝えたところ、親切に道を教えてくれました。
ありがたいことです。

もちろん丁重に御礼は申し上げましたが、それだけでココを離れては男が廃ります。ってゆーか、地元の人の優しさに触れながらそのままこの場を離れるのでは復興支援の名折れです。当然スパッと国道45号線を横切ってそのGSで給油をしました。
そのGSは出光で、45号線山田SS
ガソリンは8.3L(149円/L)。総額1,236円でRVFを満タンにし、ライダーは店員さんの暖かさで心を満タンに。

教わった道で姉吉地区に近づいているはずですが、かつて通ったことがあるはずの道なのに全く見覚えがない景色が続き、不安が頭をもたげ始めます。
が、とうとうたどり着きました、姉吉。ここがトドが崎のお膝元。

でも、たどり着いたその場所には、何もありませんでした。

あるのは、えぐられた岩肌と、小さな瓦礫の浜と、海だけ。

以前に訪れたときは、そこはこんな場所だったのに。

本州最東端の灯台へ向かう整備された遊歩道も(もちろん途中からは登山道みたいになっちゃいましたが)、今はこうでした。

まだトドが崎まで行くことは可能なようですが、片道80分程度かかった記憶がありますし、あの頃とは道路状況も大きく異なるでしょう。まして昨晩この地で震度5の揺れが観測されていましたから、魹ヶ崎灯台まで行くのは断念します。
その代わりと言ってはなんですが、しばらく姉吉地区を散策しました。

本当に何もかもなくなってしまったんだなぁ・・・という印象です。
かつての景色を覚えているだけに、尚更そう感じます。

こうして目的の一つは達成されたので、再びRVFに跨って国道45号線を南下再開します。
この後の予定は南三陸町志津川を訪れ、松島まで進んで宿泊となっていますが、時刻はそろそろ11:00AM。どうやら南三陸町よりも手前でランチタイムを作らなければならなさそうですね。
国道45号線は基本的に海沿いを走るのですが、海沿いはことごとく津波の被害を受けています。果たしてお店がやっているのかどうか、それだけが心配です・・・。

国道45号線を進み続けると、釜石に入りました。ここも以前立ち寄ったことのある場所。
鉄の歴史館」なる展示施設(もちろんそのときは見学しました)を左手に通過し、右手には釜石大観音(の後ろ姿?)を見ながら国道45号線をひた走りますが、ちょうど喉も乾いていましたし、この大きな町でプチ休憩することにしましょう。
ちょうど現れたローソン(釜石平田店)に立ち寄り、ここで一息入れることにします。
水分+αを補給するため、アクエリアスゼロを購入。スポーツドリンクなんてものすごく久しぶりに口にしますが、あ〜、潤った〜(^ ^)

そのローソンの駐車場から撮った写真がこちら。画面中央に見える白っぽい筒状のものが、釜石大観音(の後ろ姿)です。わかりませんね(笑)

水分補給をしながら地図を眺めてお昼ご飯の場所を検討し、気仙沼当たりに決めました。ここから50kmくらいですし、気仙沼までの間にどうしても立ち寄っておきたいところがあり、それを差し引いても14:00過ぎくらいにはランチタイムにできるのでは・・・と目論みます。

ちなみにその立ち寄りたい場所というのは、陸前高田市。言わずとしれた「奇跡の一本松」のある場所です。ここには道の駅があるのですが、奇跡の一本松のすぐそばにあると言うことは、あの津波が直撃したということ。本当は陸前高田のこの道の駅でランチを・・・と考えていたのですが、(当然に)道の駅は現在は機能していないのでした。

なので陸前高田ではこの一本松に見学だけとなってしまいましたが、聞くところによればこの一本松、塩害で既に幹の内部は痛んでおり、自力での再生は不可能とのことで伐採が決定したそう。
なんでも1週間くらい後には伐採作業が始まるという情報も(モニュメントとして残されるようですが)。なのでかろうじて本物を見学できただけでも感謝しなくてはならないのかもしれません。

奇跡の一本松を見学する人のための駐車場(といっても、それはただの広場なのですが)が道路脇にあるのでそこににRVFを止めて、通りを横切って奇跡の一本松の方へ歩いて進みます。

見学のための歩道が整備されているわけではありません。とりあえず大きな瓦礫を取り除いただけと思われる砂利道を、案内板に従って進んでいきます。

手作りの案内板に従って進むこと約10分。瓦礫越し、雑草越しにその姿が少しずつ見え始めて・・・。

肉眼ではっきりとそれを見ることができるところまで進んできました。
周りにあるのは、壊れた建物ばかり。

壊れた建物、大きな潮溜り、そして瓦礫の山。そんな中にひっそりと佇む一本松。

なるほど、これがこの地の人々の心の支えになったのか・・・。
しかしこの木もすでに自重を支えるだけの力がないのか、幹に補強がなされていました。
多くの人が、間も無く撤去されるであろうその奇跡を惜しむように立ち尽くしていました。

陸前高田を去る前に、最後にもう一枚収めておきました。私なりの「奇跡の一本松」渾身の一枚。見学だけでは復興支援にならないので、それだけが心残りです。

見学を終え、再び国道45号線を南下し続け、「道の駅 大谷海岸」が現れました。「食堂」の文字もあったので、ここでランチを取ることに決定!
海岸とつくことから分かるように、ここも当然こうなっていたわけで・・・。

ですが僕が訪れた時はこんなカンジでした。

建物はいわゆるプレハブで、まずはオープンしましたという雰囲気です。ですが、食堂に入るとメニューは豊富で・・・。

ばばーん!!

ありました、地のモノ!海の幸!!海鮮!!!
マグロづくしです!!うまい、うますぎるっ!!!(T_T)
そしてこのボリュームでお値段1,000円!!お得ですっ!!!

無事にランチにありつけたので、お腹が落ち着いたら再び国道45号線を下り、いよいよ南三陸町へ。
そして・・・。

たどり着いた南三陸町志津川。

昨年訪れたときは、あちこちに瓦礫の小山ができていて、さび付いた生活用品が転がっていて、自動車がひっくり返っていて、まるで爆心地のようでした。あれから一年。今の南三陸町志津川はというと・・・。

なるほど、あちこちに点在していた瓦礫の小山は無くなっています。ひっくり返り、つぶれ、さび付いていた車なども取り除かれていました。赤茶けた日用品の残骸も、ほとんど残っていません。これらはすべて複数箇所に集められ、そこで瓦礫の大山を築いていました。

しかし他に目を向けると、ほとんどの場所で残っているのは家の土台だけ。その土台も、すでに雑草が生い茂り、如何に人の手が入っていないかを物語っています。かろうじて残ったブロック塀に、おそらくその家(土地)の所有者なのでしょう、名前がスプレーで書かれていたのが印象的でした。

復興は、まだまだ道半ばどころか、始まってすらいないのかもしれません。
でも、そんな中で。

ひまわりの花が、黄色い大輪を咲かせていました。
そして周りを見れば、息づいているのは人の営みもまた同じである証が。

どうやら何かの看板のようです。
彫られている内容から察するに、多分その場所にそれらを提供するお店があったのではないかと。訪れたこのときは、これが 何か分かりませんでしたが、このレポートを作成する過程で偶然にこの景色を目にすることになり、図らずもこれが何かを知りました。その情報を得たのは、「南三陸&気仙沼を体感!”来て見て浜ライン”」様(blog)。ここでちょうどこれと同じものを紹介しているページがあったのです。

この白い看板のようなモノは、和紙数枚を重ねて切り抜いた、「切紙(きりこ)」と呼ばれるモノで、この地方では家庭の神棚に奉るモノなんだそうです。私 は気が付きませんでしたが、すべて海に向かって祀られており、同じものは二つと無いそうです。その一つ一つに、復興への思いが込められているんだそうで す。

その一方で。

志津川病院。

昨年、犠牲者を弔う(仮設の)献花台が用意されていて、私がシャッターを切ったそのときにもお参りに来たおばあさんがいたあの場所は、囲いで覆われ、取り壊し作業が急ピッチで進んでいました。

あれから一年経っても、これが現状です。そこで暮らす人たちのにとっては、まだ一年前のままなのかもしれません。だからこそ、今なおこれが掲げられていたのかも。

一年前と同じ場所に、同じように掲げられていました。

昨年立ち寄ったガソリンスタンドは今年も営業していました。そしてなんと今年はココ以外にも営業を再開したガソリンスタンドがありました。ライフラインはゆっくりと確保されつつあるのかもしれません。せめて給油して支援をしよう!
ただ、例えばカード決済は行えないなど、まだまだ完全復旧には道のりが長いことを伺う一幕もありました。
給油が終わって手渡されたのは、給油量と金額が手書きされた納品書。8.9Lの給油で、お値段1,317円。
南三陸町で今回できる復興支援はたったこれだけ。せめてもう少し、と併設されている自動販売機でオレンジジュースを購入はしましたが、支援と呼ぶにはあまりにも小さいですね・・・。

次はここの商店街で買い物をしよう。できるなら、食事もここでするようにしよう・・・。

正味1時間ほど南三陸町に滞在しましたが、今日の宿泊地である松島に向けて出発します。
いつの間にかどんよりとした雨雲が空を覆い始めていましたが、幸いにも雨はほんの少しぱらついた程度で三陸動無料通行区間終点である鳴瀬奥松島ICを下りることができました。
そしてここからは再び国道45号線を走り、そして松島に無事到着。

この日宿泊するホテルは、松島センチュリーホテルさん。オーシャンビューで松島の絶景を独り占めできることが売りのホテルですが、思っていたより立派なホテルでちょっとビックリ!(笑)

バイク置き場を探してまごまごしていたら、ホテルの人が玄関先に出てきてくれて、玄関の柱の脇に止めてOKとのことでした。
そうしたら荷物をまとめてチェックイン、お部屋に案内してもらいます。

若い娘さん(新人さんかな?)が案内係で、「お荷物お持ちします」と言ってくれたのですが、私はこうみえて実はそれなりにフェミニストなので、ホテルの従業員とは言え女性に荷物を持たせるようなことはしたくありません(結構重たい荷物ですし)

なので自分で荷物を担いでお部屋まで案内してもらいました。ヘルメットとか、臭いですしね・・・(^ ^;;

お部屋は洋式で、ベッド一つ、テレビ一つ、バスルームのあるいわゆるビジネスホテルのようなシングルルーム。ちなみに部屋の窓からの絶景はというと・・・。

いやー、ちょうど山に沈む夕日が美しかったー。
・・・って、全然松島の絶景じゃないジャン!!(笑)

代わりといってはナンですが、部屋に荷物を置いて早速出かけた露天風呂からは、松島湾の絶景を十二分に堪能することができました。何てったって道路に面した露天風呂(2F)。ついたてはあるものの、目の前はすぐ一般道で、その先がすぐ松島ですから!

温泉と絶景をたっぷりと堪能したら、今日の夕食を考えなくてはなりません。というのも、夕食が付かないプランで予約したからです。そこでまずは外に出て、町中をぶらついてみることに。
ですが、大通り沿いのお店は軒並みお休み(営業終了)。まだ19:00を少し過ぎたくらいなんですけどね・・・。

ホテルを出てすぐのところにあった食堂 石田屋さんは営業中だったので、一度はお店を探すために素通りしてしまいましたが、舞い戻ってこちらで食事を楽しむことにします。

ところでお店に入り、オーダーを済ませてから店内を見渡すと、こんなもの(写真右)が。

「ここまで」の隣にあるのは普通の高さに掲げられている壁掛け時計。これはそう、先の震災の時、この高さまで津波が来たということです。松島は島々が障害となって高い津波が押し寄せなかったといわれていますが、それでもこの高さの津波が来ていたのです。
海岸沿いはどこもかしこも被害を受けているのですね。

そんなことを思いながら待つことしばし。
旅の疲れを癒すモノは、温泉と・・・これですよね!

冷えたビールをキューッと胃に落としていたら、サービスだからどうぞと「牡蠣の網焼き」をおつまみで付けてくれました。
おつまみで注文しておいたホタテも出来上がって、贅沢なひとときに早変わり(笑)

おつまみを堪能しつつビールを飲んでいると、やってきました本日のメインディッシュ。カキフライ!松島は牡蠣が有名なんだそうで(恥ずかしながら牡蠣の名産地は広島しか知らなかった)。

あつあつジューシーで、これまたとってもおいしかったです。
あぁ、今僕は松島を堪能している!(笑)

満腹のお腹を抱えてお店を後にし、ホテルに戻ります。
入り口脇に止めさせてもらったRVFが、ホテルの灯に照らされていい感じ。ほろ酔い気分も手伝って、今まさに旅をしている、って気持ちにさせてくれます。

フロントでキーを受け取り、売店でポッキーと缶コーヒーを買ってお部屋に戻ったら、プチデザートタイムしつつ明日のお天気なんかを確認したり。

今日もたくさん走ったから、つかれたなー。いろいろ思うところもあったしなー・・・ZZzzz・・・…(__).。oO

こうして2日目の夜は過ぎていくのでした。明日はいよいよ東京へ凱旋だ!

最終日へ続く

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)